Graphene On Silicon:Si基板上に成長したGrapheneのAtomistix ToolKitによる電気伝導特性解析

はじめに

単層のGraphite(グラファイト)であるGraphene(グラフェン)は、炭素原子が蜂の巣のような網の目状に並んだ二次元シート様物質で、シリコンに比べて大きな電子移動度を持ち、将来の高速トランジスタやスピン輸送デバイス、単電子トランジスタ材料への応用が期待されています。

グラフェンの生成法には、機械的にグラファイトからグラフェンを引き剥がす方法(ピーリング法)や、溶液中に分散させたグラフェンを基板上に塗布する方法(コーティング法)などがありますが、十分な面積のグラフェン領域が得られないなどの問題があります。これとは別に、SiC(シリコンカーバイト)基盤表面を真空加熱することで表面のSiを昇華させ、表面を炭化することにより、SiC表面上に単層Grapheneを生成する方法が報告され[1]、Graphene-On-Silicon(GOS)構造と呼ばれています。このようなGOSの生成法は実際のデバイス作成プロセスへの適用が容易と考えられ、工業的なグラフェンデバイス作成手法の候補として注目されています。

これまでに、グラフェンで構成されたデバイスの特性解析を目的として、グラフェンシート単体やグラフェンリボン単体での第一原理計算が数多く実施されてきました。本事例では、現実的な工業的なプロセスでの使用される可能性のある、GOSモデル構造での電気伝導特性解析を2010年7月にリリースされたAtomistix ToolKit 10.8を用いて行いました。また、GOSモデル構造での電気伝導特性と、真空中に配置されたFree Standingのグラフェンシートの電気伝導特性を比較し、SiC上にグラフェンを配置することにより、グラフェンの電気伝導特性にどのような影響があるのかを調査しました。Atomistix ToolKit 10.8(ATK 10.8)にて新たに加わった機能紹介を含めまして以下に報告します。

計算準備

1.GOSモデル構造の作成−GOSバルク構造の作成と構造最適化

SiC上のグラフェン構造を実現するモデル構造をReference[2]を参考に次のようにして作成しました。まずGOSバルク構造の作成法を示します。6H-SiCのX線結晶解析構造(図1(a),[3])を基に、適当にa方向b方向に繰り返した構造を作成します、ここで図1(b)の白線で示した単位格子を考え周期境界条件の単位セルとします。さらに図1(b)のSiC構造から最も表層の炭素原子1層を取り除き1段下のSi層を最表面とします。その後、Si層上に図中のの用に6角形状の炭素原子6原子+2原子(計8原子)を配置すると、これらの炭素原子は周期境界条件で構造を繰り返すことによりグラフェン構造を実現します。このように作成したグラフェン構造の炭素−炭素間結合距離は1.540Åとなり、通常のグラフェンの結合距離(1.420Å)よりも7%ほど長くなりますが、計算結果に与える影響は軽微としました。この構造を図1(c)に示すようにグラフェン層上部に真空層を加え、また反対側の下端のSiをHに置換して結合距離を調整し水素終端構造を形成することにより、スラブ構造を実現するGOSバルク構造としました。この構造を初期構造とし、グラフェン層とグラフェン層の最近接のSi、C原子のみを可動として交換相関汎関数GGA、基底関数SZPで構造最適化することにより、図1(d)の安定構造を得ました。


図1:GOSバルク構造の作成。

2.GOSモデル構造の作成:GOS−2プローブ構造の作成

図1(d)で得られた単位構造をa方向とb方向に繰り返し、図2(a)で示すような直方晶型の単位構造を取り出します。Atomistix ToolKitにおける2プローブ系では、輸送方向と垂直な2軸は周期的である必要が在るため、前項で構造最適化に使用したPrimitiveなGOSバルク構造を変換します。この構造の長辺方向を輸送方向とする2プローブ系を、図2(a)の単位構造を中央領域に3回繰り返すことにより作成しました(図2(b))。このように作成したGOSの2プローブ構造は図2(c)で示すように、a方向と輸送方向であるc方向に対してすべて周期的であり、SiC表面が完全にグラフェン構造に覆われた状態を表現していることになります。


図2  GOS-2プローブ構造の作成。

3.Free Standing グラフェンシート−2プローブ構造の作成

GOS−2プローブ構造と比較する真空中のグラフェンシート−2プローブ構造を図3のように作成しました。グラフェンシート−2プローブ構造は図2(b)構造のGOS構造からSiC部分を削除した構造に相当し、炭素−炭素間距離が1.540Åなる平面の正六角形状の炭素骨格から構成されています(図3)。


図3 GOS−2プローブ構造と比較するFree Standingグラフェンシート2プローブ構造。

計算条件

計算に用いた主要なパラメータを表1に示します。

表1 計算に用いたパラメータ
ソフトウェア ATK 10.8 (Bloch波の計算のみATK 2008.10)
Mesh-cut off 150Ry
交換相関汎関数 GGA-PBE
基底関数 SZP
k点サンプリング(SCF) (3, 1, 50)
k点サンプリング(Transmission&DOS) (kx,ky)=(51, 1)

計算結果と考察

1.Transmission(透過係数)とDensity of State(状態密度)

図4(a)に計算されたGOS−2プローブ構造のTransmission(透過係数)とDensity of State (状態密度)、図4(b)に比較用のグラフェンシート2プローブ構造の透過係数と状態密度の結果を示します。まず比較対象であるグラフェンシート−2プローブ構造の状態密度(図4(b)赤線−)を見ると、状態密度の値は0 eVでの値がゼロとなるV字構造になっており価電子帯 (valence band) と伝導帯 (conduction band) が点で接しているバンド構造[5]を良く反映した結果になっています。さらにグラフェンシート−2プローブ構造の透過係数(図4(b)黒線−)も状態密度と同様に0 eVでの値がゼロで谷となるV字型であり、グラフェンシート−2プローブ構造における透過係数の値は状態数とほぼ比例関係にあることがわかります。


図4  計算された透過係数(−)と状態密度(−)。(a)GOS−2プローブ構造、(b) グラフェンシート−2プローブ構造。

これに対して、GOS−2プローブ構造の状態密度と透過係数はグラフェンシート−2プローブ構造のそれらとまったく異なっています(図4(a))。状態密度と透過係数ともにFree Standingのグラフェンで見られた0.0 eV を谷とするV字構造とは異なり、エネルギーゼロ(ここではFermi Energy)で状態密度が有限の値をとる金属的な状態が得られます。また透過係数はエネルギー−0.25eV以上の範囲で大きな値をとり、優れた電気伝導特性を持つことが予測されます。しかしながら−0.25eV以下の領域では状態密過係数もゼロとなり、これらの範囲には電子状態が存在しない=バンドギャップが開いている状態が形成されていることがわかります。

2. GOS−2プローブ構造の透過係数の由来解析:PDOSによる解析

GOS−2プローブ構造ではグラフェンシート−2プローブ構造とは異なるものの、Fermi Energy近傍で有意な透過係数が存在することがわかりました。有意な透過係数がGOS構造内のどのような電子状態から得られるのかを調べるために、各原子や原子層に分配されたPDOS(Partial Density of State)の計算を行いました[4]。結果をまとめて図5に示します。図5(a)はGOS−2プローブ構造のSide ViewでPDOSを求めるための層区分を示し、GOS構造のグラフェン層、SiC−1〜5層を区分してPDOSを求めています。得られたPDOSを図5(b)1〜4に示します。まずグラフェン層のPDOSと全DOSを比較すると(図5(b)1)、赤線−で示した全DOSと緑線−で示したグラフェン層のPDOSはエネルギー−0.24 eV〜−0.04 eVの範囲でほぼ一致しており、この領域の透過係数はグラフェン層由来の状態から形成されていることがわかります。これに対し、エネルギー−0.04 eV以上の領域では図5(b)-2、図5(b)-3に示すように、グラフェン層からの全DOSへの寄与以外にSiC層からのDOSへの寄与があることがわかります。特にグラフェン層に接しているSiC層−1では層を構成する元素のうち2つのSi原子(Si(82)とSi(83))からのPDOSの寄与がほとんどを占めています。Si(82)とSi(83)は図5(c)に示す位置のSi原子で、SiC層とグラフェン層の界面に位置し、かつグラフェンを構成する炭素原子とあらわな結合手を持っていません。このような状態のSi原子は結合手が余っているため、遊離電子を持つ可能性があり、そのような電子が0.0eV近傍の状態密度を形成していると考えられます。残りのグラフェン層から距離が離れているSiC層−3,4,5層からはこのエネルギー領域で有意な状態密度がありません(図5(b)-4)。以上から、Fermi Energy近傍で有意な透過係数は、グラフェン層由来の電子状態が重要な役割を占め、また界面内のSi原子から得られる電子状態も寄与している可能性を示しました。さらに詳細な伝導経路に関する解析は透過固有状態(Transmission Eigenchannel)を計算することにより得られますが本稿では省略します[6]。


図5  GOS−2プローブ構造のPartial Density of State。

3. GOS−2プローブ構造の透過係数の由来解析:ブロッホ波の実空間分布による解析

Fermi Energy近傍で有意な透過係数において重要な電子状態を可視化するため、電極構造に用いたBulkのGOS構造(図6(b)−1)を使用してFermi Energy近傍のブロッホ波の実空間分布を表示しました[7]。電極構造に用いたBulkのGOS構造のバンド構造を図6(a)に、ブロッホ波の実空間分布を図6(b)2−4に示します。HOMOバンドにあたる154番目及び155番目のΓ点におけるブロッホ波の実空間分布を見ると(図6(b)−2、図6(b)−3)、分布はグラフェン層周囲に局在化しており、この領域の電子状態はグラフェン層から構成されていることがわかります。これは前項のPDOSの解析を支持しており、グラフェン層由来の電子状態がGOS−2プローブ構造の透過係数の値に重要であることを示しています。さらに156番目のΓ点におけるブロッホ波の実空間分布を見ると(図6(b)−4)、主要な分布はSiC層側にあり特に表面のGOS−2プローブ構造のSi(82)とSi(83)に相当するSi原子周囲に分布が局在化しています。これも前項のPDOSの解析の結果を支持しています。


図6 バルクのGOS構造((b)-1)のバンド図(a)と可視化したブロッホ波の実空間分布((b)2−4)。

まとめ

  • 現実的な工業的プロセスで使用される可能性のあるグラフェン構造である、Graphene-On-Silicon構造モデルにおける電気伝導特性解析をATK 10.8を用いて行いました。
  • 計算されたGOS構造における透過係数は、Free Standingなグラフェンの透過係数と大きく異なることがわかりました。
  • 透過係数は大きく異なるものの、GOS構造において重要な透過係数を与える電子状態はSiCバルク上に置かれたグラフェン構造であることを、PDOSとブロッホ波の実空間表示の解析から示しました。

References
[1] Nature Materials 8, 203 - 207 (2009).
[2] Phys. Rev. Lett. 99, 076802 (2007)., http://www.ntt.co.jp/journal/1006/files/jn201006018.pdf
[3] Acta Cryst. 23, 610-617 (1967).
[4] ATK 10.8では2プローブ系のTotal DOSを各原子や原子を構成する原子軌道へと分配する機能があります。
[5] http://en.wikipedia.org/wiki/File:GrapheneE2.png
[6]透過固有状態に関しての詳細情報は”事例:金電極に架橋されたSc2C2@C84の透過固有状態”をご覧下さい。なおATK10.8では透過固有状態を計算する機能は未搭載です。今後のバージョンアップで搭載される予定です。
[7] ATK10.8ではブロッホ波の実空間分布を表示機能は未搭載です。今後のバージョンアップで搭載される予定です。


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